コロナ禍における就学移行期のカリキュラムに関する実態調査
Ⅰ.研究の経緯と目的
2020年度当初,新型コロナウイルス感染症の影響により,全国の小学校・幼稚園で休校・休園,保育所では受入の縮小などがあった。これらは,とりわけ就学前施設から小学校への移行に関して深刻な影響を及ぼす可能性があった。具体的には,就学前施設から小学校への情報伝達の機会の喪失,幼稚園や保育所等での日常の保育活動の制限,入学式や交流行事などの中止や延期などさまざまな活動に影響が及んだ。就学移行期におけるこの事態は,カリキュラムに影響し,子どもや保育者,小学校教員にとって大きな負担となったであろう。保育者と小学校教員が,状況をどのように捉え,どのように対処しようとしているか,また結果的にどのように対処したのかを明らかにすることは,重要な情報である。そこで,本調査はコロナ禍における2回の調査を通して,新型コロナウイルス感染症が就学移行期のカリキュラムへ与えた影響について検討することを目的とする。具体的には,2020年5月の最初の緊急事態宣言下に実態を調査(調査1)し,約1年経過した2021年8月に2020年度のカリキュラムについて調査(調査2)する。
本報告書は,調査2の結果に基づく。調査2は,コロナ禍であった2020年度の就学移行期のカリキュラムについて,調査1で明らかとなった影響や課題について,どのように対処したのかを明らかにすることを目的とした。加えて,2020年度の変化が今後の就学移行期のカリキュラムにどのような示唆を与えたのかを検討する。
●本調査は科学研究費補助金(研究課題:19K02604)の助成を受けて実施した。
Ⅱ.研究の方法
1.研究の対象と実施時期
保育者,小学校教員を対象に2021年9月3日から9月17日にかけて調査を実施した。
2.調査内容
質問項目は,研究1で課題や対処として挙がった内容について,昨年度を振り返り,実態を回答してもらった。
加えて,昨年度の経験をふまえ,今後の就学移行期のカリキュラムや引き継ぎについての考えを尋ねた。具体的な質問項目は後述の通りである。
3.調査方法
◎研究責任者:広島文化学園大学 教授 山崎 晃(a-yamazaki@hbg.ac.jp)
◯研究実施者:香川大学 准教授 松井剛太(matsui.gota@kagawa-u.ac.jp)
比治山大学 講師 濱田祥子(shamada@hijiyama-u.ac.jp)
宮城教育大学 准教授 越中康治(etchu@staff.miyakyo-u.ac.jp)
Ⅲ.結果
アンケートは124名から回答を得た。以下では,本研究の対象外であった2名を除く122名分のデータを分析対象とした。
1−1.回答者の勤務先
「あなたの勤務先を教えてください」と尋ね,「保育所」「幼稚園」「認定こども園」「小学校」「その他」から選択を求めた。結果として,回答者の所属は保育所42名,幼稚園19名,認定こども園28名,小学校33名であった。割合をFigure1に示す。
1−2.勤務先の公立・私立の別
「勤務先の公立・私立の別を教えてください」と尋ね,「公立」「私立」「その他」から選択を求めた。結果として,勤務先について,就学前施設は多くが私立,小学校は多くが公立であった(Figure2)。
2−1.昨年度の1年生(現2年生)の移行期カリキュラムの工夫
小学校教員を対象に「昨年度の1年生(現2年生)の教育日数や学習時間をどのように確保されましたか」と尋ね,「授業時間(例:4時間を5時間にした曜日があるなど)を増やした」「長期休みを短くした」「行事を減らした」「例年通りであった」「その他」から当てはまるものを選択してもらった(複数回答可)。32名の回答が得られ,約8割(27名)が「長期休みを短くした」,6割近く(18名)が「行事を減らした」という対応をしていた。日々のカリキュラムの工夫というよりは,長期休みや行事などを工夫の対象としたことが分かる。その他の内容は,「行事の内容を縮小して実施したものものあった」「朝学習(15分×3日)を授業1時間とカウントした」であった。
2−2.「2-1.移行期カリキュラムの工夫」が子どもや教員に与えた影響
小学校教員を対象に「「2-1」の対応は,子どもや教員にとってどのような影響(よい点・悪い点)がありましたか」と尋ね,自由記述回答を求めた。30名の回答が得られ,そのうち9名(23.0%)が影響はなかった,あるいはほとんどなかったと回答した。その他の21名の回答は以下の通りであった。
<よい点> 記述数6
内容 | 記述例 |
カリキュラム見直しの機会 | 「本当に意義のある教育活動とは何か(学習発表会や運動会の在り方など)、教育課程全体を見直すタイミングになって良かった。」 |
授業・行事の機会保障 | 「授業が量的に確保できた。」「行事の内容を縮小した形ではありましたが,子どもたちは楽しそうに取り組んでいました。」「短期的に集中して子どもが行事に取り組めた。」 |
小学校生活への適応 | 「学習習慣の定着,学校生活への適応については,長期休みが短かったことが良い方向に働いたと感じる。」 |
<悪い点> 記述数18
内容 | 記述例 |
子ども・教員の楽しみの減少 | 「児童、教員ともに楽しい活動が減った。」「学校行事が減り、楽しさを味わいにくい。」 |
子ども・教員の休養の減少 | 「夏季休業が短くなったことで、子どもたちが十分リフレッシュできないまま二学期に入った。」「長期休みが短くなったことで,休養はあまり取れませんでした。」 |
子どもへの負荷 | 「夏の暑い時期の登校は子ども達には負担だった。」「朝学習では漢字を扱っていたため、通常の授業で漢字の時間を取らずに済んだ。ただ、1年生に15分で3字はかなり厳しいものがあった。」 |
小学校への適応の難しさ | 「本来は、行事などを行いながら、小学校という場やシステムに緩やかに慣れていくところが、いきなり学習から始まったという印象がある。」「行事が少なく、同学年とも異学年とも交流の機会が減り、学級内の友だちとの関わり方も難しそうだった。」 |
教員の負担増大 | 「教師にとっても、行事の練り直しなどで業務が増えた。」「長期休業が短いため,教師の授業準備や休暇等の時間が十分確保できなかった。」 |
3−1.昨年度の1年生(現2年生)の就学移行期の行事における変更の有無
小学校教員を対象に「昨年度の1年生(現2年生)の就学移行期の行事(上級生との交流会や学校探検など)について,例年の内容から変更や中止(回数や実施方法など)がありましたか」と尋ね,「はい」「いいえ」のいずれかを選択してもらった。33名の回答が得られ,25名が「はい」,8名が「いいえ」と回答した。4分の3の小学校において,就学移行期の行事に何かしらの変更があった。
3−2.「3-1.就学移行期の行事」の変更や中止の具体的内容
小学校教員を対象に「「3-1」で「はい」とお答えの方にうかがいます。具体的にどのような変更や中止があったのかを教えてください」と尋ね,自由記述回答を求めた。25名の回答が得られ,内容は以下の通りであった。
内容 | 記述例 |
交流会の減少・中止 | 「基本的に他学年と関わるものはほぼできなかった。」「1年生と6年生のペア活動の回数が減った。ペア給食がなくなった。」「ペア活動の禁止」「2年生が学校を案内する学校探険ができなかった。」「学校探検は行なったが、6年生が朝の準備や給食補助、休み時間の遊びなどに来てくれることが入学式後の2〜3日のみで、6月から学校再開した後は全て教員で行った。」 |
行事の対面実施の減少・中止 | 「一年生を迎える会は、テレビ放送で行いました。」「直接の交流活動がなくなり、オンラインとなった。」「園小交流会は行わず,小学生が作成した学校紹介の資料を,担任が幼稚園に届けに行った。一年生を迎える会を放送で行った。」 |
4−1.昨年度の1年生(現2年生)の様子や育ちの違いの有無
小学校教員を対象に「昨年度の1年生(現2年生)の様子や育ちについて,例年の就学移行期とは違うと感じましたか」と尋ね,「はい」「いいえ」のいずれかを選択してもらった。32名の回答が得られ,10名が「はい」,23名が「いいえ」と回答した。約3割の小学校教員がコロナ禍に入学してきた昨年度1年生(現2年生)について,例年の1年生とは違うと感じていることが分かった。
4−2.「4-1.児童の様子や育ちの違い」の具体的内容
小学校教員を対象に「「4-1」で「はい」とお答えの方にうかがいます。具体的にどのような違いを感じられたかを教えてください」と尋ね,自由記述回答を求めた。10名の回答が得られ,内容は以下の通りであった。
内容 | 記述例 |
生活に関するもの | 「生活リズムが乱れがちな児童が、例年に比べて少し多いように見受けられた。」 |
学習に関するもの | 「ひらがなワークを休校期間に自宅で行ったためか、ひらがなのクセが治らない子供が多かった。鉛筆の持ち方についても同様。」 |
人との関係性に関するもの | 「人と触れ合い、密にかかわる体験が少なく、安心感にややかけている印象。」「入学式をon-lineによる開催であったことや,上級生とのかかわりがなかったことから,入学して小学校生活へ順応していくことの意識が教師の指導のみとなってしまい,人とのかかわりの希薄さが感じられる。」「親から離れられない児童が比較的多いように感じます。」 |
5−1.例年の引き継ぎとの違いの有無
保育者と小学校教員を対象に「昨年度の就学移行期(現1年生)の引継ぎは,新型コロナウイルス感染症拡大以前の引続きと違いましたか(回数や方法など)」と尋ね,「はい」「いいえ」のいずれかを選択してもらった。保育者79名,小学校教員32名の回答が得られた。例年との違いがあったという「はい」を選択した保育者が約4割(35名)に対して,小学校教員は2割を下回った(6名)。この差について,小学校は複数の就学前施設が引き継ぎの対象となることから,例年通りの引継ぎができた就学前施設とそうではなかった就学前施設とがあり,全体的な傾向を回答したことによると思われる。
5−2.「5-1.例年の引き継ぎとの違い」の具体的内容
保育者と小学校教員を対象に「「5-1」で「はい」とお答えの方にうかがいます。具体的にどのような違いがあったかを教えてください」と尋ね,自由記述回答を求めた。 保育者34名,小学校教員6名の回答が得られた。回答の内容は以下の通りであった。
内容 | 記述例 |
年長児の小学校訪問の中止 | 「小学校の行事(運動会など)を見られなかった。」「園児の小学校見学が中止になった。」「小学校での給食体験ができなかった。」 |
年長児と小学生の交流の中止 | 「学校見学では、幼児と小学生との交流がもてませんでした。」「例年だと一日体験入学の時、一年生と年長児がペアになっていろいろ校内を案内してもらえるが、触れ合わないよう距離をとっての活動となった。」 |
保育者・小学校教員の訪問の中止 | 「園に来て頂いて園児の様子を見て頂きたかったのですが、実施できませんでした。」「以前は小学校教員が当園へ聞き取りに来ていたが、昨年は、電話での聞き取りであった。」 |
対面での引き継ぎの中止 | 「保育要録の提出のみだった。」「対面での引き継ぎが、全て電話での引き継ぎとなった。」 |
対面での引き継ぎへの参加人数や時間の減少 | 「少人数、短時間」「連絡会の時間が例年よりも短縮された。」 |
5−3.例年の引き継ぎとの比較
保育者と小学校教員を対象に「「5-1」で「はい」とお答えの方にうかがいます。例年(新型コロナウイルス感染症拡大以前)の引継ぎ方法と昨年度の引継ぎ方法を比べてどのようにお考えか,教えてください」と尋ね,「例年の引き継ぎ方法がよい」「昨年度の引き継ぎ方法が良い」「どちらともいえない」から選択してもらった。 保育者35名,小学校教員6名の回答が得られた。それぞれ回答者数は少ないものの,就学前施設と小学校で大きな差はなく,約7割が例年の引継ぎ方法がよいと考えていることが分かった。
5−4.「5-3.例年の引き継ぎとの比較」の理由
保育者と小学校教員を対象に「「5-3」にお答えの理由を教えてください。」と尋ね,自由記述回答を求めた。保育者28名,小学校教員5名の回答が得られた。内容は以下の通りであった。なお,カッコ内の表記について,(保)は保育者,(小)は小学校教員の回答を示す。
<例年の引き継ぎ方法が良い> 記述数24
内容 | 記述例 |
子どもの安心感や見通し | 「(保)学校見学で小学生と触れ合ったり、授業内容を紹介してもらったりすることは、子どもたちにとって就学への期待や安心感につながると思うので、例年のような交流がもてる日が来るといいなと思います。」「(保)子ども達とっては、小学校への入学はとても大きなことであり、夢と希望にあふれていることである。実際に小学校へ行って上級生に案内してもらい、小学校での生活について教えてもらえることは、小学校へ行くという気持ちの準備という点でも、とても貴重で大切な経験だと思う。」「(保)交流会では、学校の雰囲気や授業内容を見ることができ、入学に向けての意欲を高めることができていた。」 |
子どもの実態把握 | 「(小)実際に、就学前の様子をみて実態を把握することもあるから。」 |
保育者と小学校教員の連携 | 「(保)小学校との連携を密にしていき、子どもたちの育ちの共有をしていきたいと思います。」「(保)子どもの様子を対面で話しながら伝達する方が、情報を伝えるだけでなく、就学後も対応しやすいと思うため。」「(保)面識のない先生との引き継ぎなので、顔を合わせた方が円滑なコミュニケーションが進む。」 |
<昨年度の引き継ぎ方法が良い> 記述数4
記述例
- (小)引き継ぎを担当する教員の負担が少ないため。
- (小)書類を読んで確認し、後で電話で質問をすればよいから。
- (保)連携ができた学校では、園ごとに時間や日にちを区切って、効率よくできたため。
<どちらともいえない> 記述数5
記述例
- (保)就学前の児童が小学校に行って小学校の雰囲気を知ったり、小学生と交流できる機会は大切だが、引率や打ち合わせなど日々忙しく業務を行っている保育士へのさらなる負担ではあったため。
- (保)気にかかる子等は、直接話したほうが良いが、それ以外の子は電話での聞き取りでよい。
- (小)小学校としては,昨年度のように小学校に来ていただけるとありがたいが,保育所・幼稚園は機会を設定して何校も回らなくてはならないので,どちらともいえない。
6−1.引継ぎにおける行政によるサポートの有無
保育者と小学校教員を対象に「昨年度の引継ぎにおいて,行政のサポートはありましたか」と尋ね,「はい」「いいえ」「分からない」から選択してもらった。保育者77名,小学校教員33名から回答が得られた。「分からない」が全体で41名(37.3%)と,行政のサポートの有無自体が認識されていないようである。また,「はい」という回答は全体で8名(7.3%)と,行政からのサポートはほとんどなかった可能性が高い。
6−2.「6-1.行政によるサポート」の具体的内容
保育者と小学校教員を対象に「「6-1」で「はい」とお答えの方にうかがいます。具体的にどのようなサポートがあったかを教えてください」と尋ね,自由記述回答を求めた。保育者2名,小学校教員1名から回答が得られた。内容はいずれも引継ぎ機会の設定に関するものであった。具体的な回答は「日程は場のセッティング」「感染予防対策をしながら、職員同士で小規模で会を開催して下さり、会うことができる機会を作って下さった。」などであった。対面での引継ぎに関するサポートのみであり,調査1のニーズであったICTの整備等は今回の調査ではみられなかった。ただし,ICT機器は就学移行期の引き継ぎのためではなく,保育,教育全般に関して導入された可能性はある。
以上